「ねぇ、何でマリルリはここいらにいないんだろう」
 仲間のマリルが僕にこう尋ねる。
「さぁ、分からないよ」
 僕は適当に答えて一筋の滝をにらんだ。
 僕の心にそんな事を考える余地は無かった。


             『 ギャラドスといっしょ 』



 「……ハァ、みんなは何で滝に登れるんだろう」
 このスリバチ山の中で滝に登れないマリルは僕だけだった。
 みんなは悠々と滝を越えて奥地へ遊びに行く、……滝を越えて。
 ……僕も奥地には行けるんだけど、近くの岩をよじ登ってしか行けない。
「滝登りが出来なくてもいいじゃん、岩登りの方がすごいって」
 何度そう言われたかはもう覚えてない。
 でも僕は知ってるんだ。影では僕をバカにしてるのを、……マリルらしくないって。


 みんなはどうやって滝に登るのか観察しても、僕にはよく分からなかった。
 聞いてみても「気合いだ!」とか「慣れだよ」とかどうも曖昧な返事が返ってくるばかり。
 本気なのかどうかも信じられない。だから僕はがむしゃらに滝を登ろうとした。
 ……でも何度やっても途中で落ちる。
 ズバットに鼻で笑われて、ワンリキーには賭けの対象にされて(賭けるのは木の実)ばかりだ。
 僕は、今日も諦めようと思った。もうたくさんだ。


 次の日、気づくとたくさんのコイキングが洞窟内の浅瀬にうちあげられていた。
 洞窟の中が慌ただしくなったのは一瞬の事で、“コイキングだから”という理由により、すぐにいつもの平穏が戻る。
 しかもコイキングはみんな無事だったため、心配される事もなかった。
 でも、僕はどうしても一つ知りたかった。
「……なんで、うちあげられてたの?」
 僕がそう尋ねると、コイキング集団の中の一匹はこう言った。
「進化のために、滝に登りたかったんだべ。だから……」
「でも、トサキントじゃないんだし……」
「進化の儀式なんだべ。滝に登るのっで」
「ふうん」
 コイキングも大変なんだね。って……ん? コイキングも滝を登れないんだよね。それって……
「僕と、同じだ」
「そだべ。君を見てみんなチャレンジしたんだべさ」
「それで失敗したと」
僕の問いにコイキングは頷く。
「ふぅん。……で、またやるつもり?」
「んだべさ」
 コイキングたちまたは頷いた。……がんばるなぁ。僕なんてもう――
「だから、あんたも頑張るんだべ」
 僕はその言葉にはっとした。
 僕、……何やってるんだろうね。
 コイキングさえ頑張るんだ。それなのに僕は簡単に滝登りの夢を捨てようとしてる。
 僕の方が明らかに条件に恵まれてるのにね。
 ……僕、バカみたいだ。
「分かったよ。コイキングさんたちも頑張って」
 ……正直コイキングに勇気をもらうなんて思わなかったけど、気にしない方がいいね。
 ワンリキーたち、僕が登れない方に賭けなよ。裏切ってみせてやるよ。……いつかね。



 僕は何度も滝から落ちる。その中で岩に何度も体を打ちつけた。でもそれくらいで僕は止まらない。
 ……だって、止まったら負けるんだよ? コイキングに。
 それだけはプライドもあるし、激励されたんだし。みんなを驚かせたいんだから。
 
 コイキングが僕を追い抜く、ムキになって抜き返す、そして両方ポッチャン。その繰り返し。
 


 そうやって滝を登り続けて、ある日、ついに滝を登り切った。
「僕、やったよ!!」
 仲間のマリルたちに大喜びで報告する。ただ返ってきた言葉は意外な物だった。
「……えっと、あの“滝に登れない”マリル?」
「え? どういうこと?」
 僕が聞き返したその時、いきなり滝壺から巨大なギャラドスが姿を現した。
 みんなが慌てふためき、逃げまどい、岩場へと身を隠した。でも僕は動かずにギャラドスの方を向き、一言告げる。
「やったね! コイキングさん」
 僕がそう言うとギャラドスは僕に返す。
「お互い様じゃな、ちっこいの」
 ……お互い様? なんでさ。僕は立派なマリ――
「……お主も滝登りで進化とはな」
「へ? でも僕は進化なんて――」
「しとるだろう、現に」
「……へ?」
 僕がそう聞き返すとギャラドスは小さくため息をついた。
「耳が長くなっておる。ついでに仲間が小さく見えんかね」
 ……そう言われれば、確かにみんなは小さく見えるよ。でも耳なんて長く――
「…………!?」
 長くなってる。間違いない。
「気づいたようじゃな。ちっこいの」
「ちっこいのちっこいのってやけにこだわるなぁ」
「ほっほっほ。……ああそうじゃ、別れを言いに来たんじゃ。忘れるところだった」
「別れ? なんでさ」
 僕がそう聞くとギャラドスは一瞬遠い目をした気がした。
「ギャラドスになったらここを出て旅に出る。それが摂理じゃからのう」
「摂理って?」
「決まりの事じゃ。ギャラドスはこの洞窟の中じゃ暮らせん。だからここから出る」
「出た後は?」
 僕が純粋な心持ちで聞くとギャラドスは静かに、しかし滝の音に消されない意志を込めて言った。
「理想の地を探すんじゃ」





「……本当にいいんじゃな」
「うん」
 結局僕はギャラドスと一緒に旅に出る事にした。でも行き先は逆方向なんだけどね。
「元気でな、ちっこいの」
「元気でね、おっきいの」
 僕が手を振るとギャラドスはフッときざったらしい笑みを見せて去っていった。
 




 ……そういえば、なんでスリバチ山にマリルリがいないか知ってる?
 それはね、飛び立ちたいからなんだ。……新しい世界に、その足でね。
 ギャラドスも例外なく、ね。


 そう僕は、いやマリルリはギャラドスと一緒なんだ。